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医学的、生理学的な見地と音楽教育の中での声に対する認識の違い

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日本人の声に対する考え方


日本の声楽教室で教えられている発声法

インターネットで『ボーカル』で検索をすると、表示される結果のほとんどが、クラッシック以外のジャンルに向けたサイトで埋め尽くされます。正しくはボーカルではなく、ヴォーカルで、英語ではvocal、ドイツ語ではvokalと書きます。日本では漠然と”声”という意味で扱われていますが、元々は『母音』という意味を含む言葉なのです。

現在、日本の声楽教室で教えられている発声法のほとんどは横隔膜の強い支えを必要とし、体力が無いと歌えません。強い支えが必要なのは声が軽い力で出せるポジションから外れていることと、高い音を出すに従って喉が上がってくるためで、それを上がらないようにするために横隔膜による息の支えの方法を指導する必要があるのです。しかし、この『支え』を的確に指導できる指導者自体、非常に少なく、その少ない指導者のほとんどは ”意識的に” 横隔膜周辺の筋肉を働かせる指導を行っています。

本来、人間は誰でも自発的な発声の仕組みを持ってこの世に生まれ、この仕組みは歌うための理想的なものと言われています。
この理想的な働きは乳児から成長し、子音を伴った言葉を習得していくに従って萎縮していきます。
後天的に加えられる、”発声器官を直接コントロールしようとするテクニック” では、元々あったこの自然で完全な働きに戻す事は出来ないのです。
伝統的な本来のベルカント唱法は発声器官を直接コントロールしようとするのではなく、母音の発音バランスや声区の繋がりをスムーズにする事によって『息の支え』を伴った自発的な働きを蘇らせます。母音の発音バランスをイタリア語のピッチ(甲高さ)に合わせて調整し、頭声と胸声の繋がりを滑らかにすることにより、声楽曲やオペラを高齢になっても歌い続ける事を可能にするのです。

ジャンルを問わず80歳、90歳になっても美しい声で歌い続けられる歌手はベルカント唱法を取り入れている

歌手のトニー・ベネットをご存知でしょうか。『霧のサンフランシスコ』や『ビコーズ・オブ・ユー』の曲で有名な、50年代、60年代を代表するイタリア系アメリカ人のエンターテイナーです。2014年に同じアメリカ人のレディー・ガガとコラボしたアルバムが全米アルバムチャート「ビルボード200」で1位に輝き、注目されています。

数々のヒット曲で知られ、同時代を生きた先輩格であるフランク・シナトラをして、「金を払ってでも聴きたい唯一の歌手だ」と言わしめた彼は、88歳にして尚、昔とほとんど変わらない声で歌い続けることが出来ている、驚異的に長いキャリアを誇る歌手です。
彼の長期間に渡るキャリアを支えている秘密が、イタリアで400年前に生まれたとされ、現代まで受け継がれている、このベルカント唱法なのです。彼は美しい声を今日まで維持できている秘訣が、公演の直前に行っている20分程のベルカント唱法による練習にあることを明かしています。

ジュリアーノ先生が師事し、大きな影響を受けた大テノール、ジャコモ・ラウリ・ヴォルピも彼と同様に80歳を過ぎても若々しい高声を保ち続け、今でも残された録音やyoutubeでその伝説的な歌唱を聴くことが出来ます。
伝統的ベルカント唱法の母音の扱い方を自分の歌唱に取り入れる事によって、ジャンルを問わず喉の負担を抑え、声の寿命を長く保つ事が可能になります。


日本における発声指導の現実。

趣味や独学で歌や合唱を楽しむ人の場合、声に異常を感じても、そのまま無理をして歌ってしまう場合が少なくありません。これは日本人の『うたごえ』に対する認識の低さが影響を与えています。日本において、『うたごえ』に対する考え方は、古典芸能や民謡などの流れを中心に汲まれており、『喉を鍛える』、『声帯を鍛える』といった考え方が昔から根強く浸透しています。「声帯を鍛えることにより、そのジャンル独特の声が出来上がり、初めて一人前になる」という考え方です。

欧米で発達した合唱やミュージカル、オペラ、シャンソン、カンツォーネなどを歌う場合、それが日本語であれ、原語であれ、基本的に声帯や喉に負担をかけて歌うという事はあり得ません。欧米人がこれらの曲を歌う場合、喉への負担は我々日本人が感じるよりずっと少ないのです。
残念ながら日本では、カラオケで歌うのと同じ感覚でこれらの曲が歌われており、何を歌っても瞬時に『日本人が歌っている』と判別できてしまう独特の発声の癖が喉への負担を大きくしているのです。特に合唱の場合、ベルカント唱法のような確立された発声法で歌われることは非常に少なく、漠然とした感覚で長時間歌ってしまう事により、声の不調を生んでしまいます。又、元々は欧米で生まれたジャンルの歌を日本人が歌う場合、見よう見まねの練習で学ばれた方が多く、たまたま理想的な発声器官のバランスを持っていたため、上手く歌えた人が短期間のうちにプロデビューしたり、歌唱指導に関わるような例を多く見ます。しかし、上手く歌える人が自分の感覚をそのまま生徒に伝えても、生徒が同じレベルまで上達する事はほとんどありません。(詳しくは『フースラーが明かす声が破滅に至る仕組み』をご覧下さい)

声楽を専門的に勉強する人の場合はどうでしょう?この場合、問題は別の点に起こります。声に異常を感じた本人は医者に行き、その結果を発声の指導者に伝えます。個人運営で行われているレッスンであれば、辞めるのも、続けるのも本人の自由ですが、音大生や学生の場合、学校という枠組みがある為、練習を休んだり、指導者の交代を申し出る事は非常に難しく、「在学中はジレンマを感じつつも、時が過ぎゆくのを待つしかない」という状況に追い込まれることが少なくありません。こういった状況に現在置かれているとすれば、その人は相当な危機感を持って、今すぐ現状を打破する必要があります。

オペラやミュージカル、その他、様々なコンサートの舞台において、現在、第一線で活躍し長いキャリアを築いている歌手達は、学生時代から既に注目されていた人達で、喉に負担をかけない正しい発声法を習得し、それを順調に磨いていける環境があったからこそ現在があるのです。最初に師事する先生を入学前から慎重に選び(または、たまたま良い先生に師事することが出来)、自分勝手な解釈をせず、声に対しての高い見識を持ってレッスンに励み続けた結果なのです。ですから、学校に入って初めて先生の名前を知り、レッスンを受け始めてから発声上の問題が浮上しても、時既に遅しで、直ぐにその状況から脱しない限り、10年、20年という回り道を強いられてしまいます。



定期的なレッスンによる声の管理が歌手の上達を左右する

在学中に例え良い先生の指導を受けることが出来ても、発声の勉強はそれで終わりではありません。卒業して直ぐにプロとしての活動が出来る人は、毎年卒業する全国の何千人もの音楽関係の人材の中で一握りの人達だけで、ほとんどの人はその後も個人レッスンなどを受け続けながら自分の声に磨きをかけていくのです。会社勤めをしながらレッスンに通う人もいれば、音楽教室のボイストレーナーとして教えたり、合唱団に所属しながらレッスンに通い、ソリストを目指す人もいます。

しかし、音楽界で権力を持つ先生や、高名な先生のレッスン代は非常に高額なことが多く、新卒者の給与やアルバイト代で学生の時のように、週一回レッスンに通う事は困難になっていきます。やがては将来の人生設計や結婚といった、現実問題に直面し、やむなく歌手への夢を諦めざるを得ない状況になっていくのです。また、プロは目指さず、自分の実力を上げることに生き甲斐を見出すにしても、ひと月に1~2回のレッスンに通うだけでは殆どの時間を自分勝手な解釈で練習してしまうことになり、大きな成果を期待することは出来ません。(詳しくは『レッスン内容』をご覧下さい)

基本の発声が身につくまでは、定期的な(週1回以上)の声の管理は非常に重要です。海外に留学している殆どの人は週に1回以上、人によっては毎日レッスンに通い、自分勝手な練習をしないようにしているのです。
海外では生活費やレッスン代自体が安いという理由もあり、日本で同じ環境を求めるのは酷と言えるかもしれません。しかし声が未完成の段階では何にも増して『自分勝手な練習をしない』ことが重要になってくるのです。

当教室では最初の期間だけは、集中的にレッスンにおいで頂くようお願いしていますが、12回から20回ぐらいのレッスンを経ると殆どの人は基礎的な形が出来上がり、考え方やテクニックで ”やってはいけない事” が理解出来るようになります。この段階になれば、余程分析的な練習をしない限り、大きな発声の崩れは起きにくくなってきます。


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