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失われつつある伝統的な発声法

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失われつつある伝統的な発声法



スピーカーやマイクがもたらした弊害Doticon_red_Redo.gif

メトロポリタン歌劇場、スカラ座、ウィーン国立歌劇場、最近では海外から一流の歌劇場が引っ越し公演を数多く行うようになりました。我々オペラファンにとっては、はるばる外国まで飛行機を使って見に行かなくても同じレベルの公演を楽しめるのですから、チケットが高くても人気があるのも頷けます。出来るだけ入場収入を上げるために3000人以上収容の大ホールが会場になる事が多く、私のような安いチケット専門の観客は、歌手が豆粒ほどにしか見えない最後部の席で双眼鏡を片手に鑑賞することになります。

私が学生の時に(1990年頃)初めて引っ越し公演を見た時は、大きな会場の後ろの方の席では主役級の歌手の声でも飛んでくることはありませんでしたが、現在ではどの席にいても、主役級の歌手の声だけでなく、端役のつぶやき声までがはっきりと飛んできます。オペラ歌手の声がどのような飛び方するのかを知っているプロから見れば、マイクやスピーカーの助けがあることは明らかですが、一般の観客には決してわからないレベルの極めて自然な響きです。このような音響技術の進歩によって、歌手の声が聞こえなくて欲求不満になる公演は少なくなり、オペラは身近で耳の鍛錬もそれほど必要なく誰もが楽しめるものへと進化しました。

一方で、歌手たちの発声技術は声をより遠くへ飛ばすという価値感を失い、録音において最高の声を残すという方向に変わってきてしまいました。「録音で聴いた声が良かったのでリサイタルに行ってみたが、生の声は声量も声質も録音ほど良くなかった。」逆に「録音では印象が薄かったが生の声は素晴らしかった。」といった逆転現象が頻繁に起こるのは、そういった事情が関係しています。近年ではオーディションやコンクールに於いても録音による審査が行われる傾向がありますが、マイクを使って歌うミュージカルならいざ知らず、オペラ歌手の生の声をこのような方法で判断できるはずがありません。ベルカントの危機などとあちこちで叫ばれるのもこういった背景が少なからず影響しています。




伝統的なベルカントから近代ベルカントへの移行

1600年代にオペラの源とされる形式がイタリアで定着し、それらを超絶技巧で歌うカストラートが登場します。彼らの発声技術は男性の力強さと、コロラトゥーラソプラノの軽やかさを併せ持っていたと伝えられています。
ベルカントの発声テクニックはこのカストラートの誕生した時代から18世紀になるまで大きな発展を遂げたといわれており、その後、衰退はしながらも、20世紀まで影響を与え続けました。この時代のオペラは歌手が楽譜には書かれていない装飾音を勝手に付け足したり、テンポを好き勝手に変えたり、何より自分の美しい声をいかに観客にアピールするかが全てでした。ドラマや音楽の統一感は失われていきましたが、声楽の発声技術は頂点を極めていたのです。


コーネリウス・L・リード著『ベルカント唱法』の中に記載された資料によると、この時代のベルカントの指導手順は

①母音形成
②胸声とファルセットの確立、発達、両声区の融合  ※(ここでいう胸声とは胸の響きを意識した声という意味ではなく、ファルセットに対比される声という意味で使われている)

の2項目の扱いにほとんどの要素が集約されており、現代の指導方法の主流となっている横隔膜の支えはほとんど記述されていません。つまり近代の新しいベルカントとされるものが発声器官を直接コントロールしようとする方法なのに対し、伝統的な古いベルカントはこれらを意識せず、上記の2項目と心理的なコントロールによって間接的に発声器官に働きかける方法なのです。この古いベルカントは科学的な根拠に乏しい為、その論理を無視して、機能的な事だけに焦点を当て、生理学的に分析する学者が理論として体系化し始めました。その後、検証が進み、発声器官を直接コントロールする近代ベルカントへと姿を変えてしまったのです。現代では声楽を学ぶ学生なら誰もが基本的な発声器官の仕組みを知っている時代になりましたが、皮肉なことに、仕組みが明らかになった分、発声自体を困難にしてしまう結果に繋がってしまったのです。私が発声機能の分析をしたことにより陥ったスランプの原因もまさに、この原理の違いを知らず、間接的に制御されていたバランスに直接コントロールしようとする意識が入り込んだ為に引き起こされた結果だったのです。

オペラはその後、時代と共に進化していき、ヴェルディ、プッチーニの時代に一つの頂点を迎えます。ドラマとしてのリアリティーを声で表現することが求められるようになり、より効果的、劇的な表現をするために、胸声を誇張した声が使用され始めました。更に時代が進むにつれ、オペラの主導権は歌手から指揮者、演出家へと移り、歌手は以前のように棒立ちで軽やかな美しい響きだけで歌うだけでは通用しなくなってしまったのです。声を押す傾向が強くなり、軽さと柔軟さを失った声は、それまで必要でなかった様々なテクニックを必要とするように変化していきました。この劇的な表現を重視する流れが発声を困難にさせたもう一つの大きな原因といえるのです。




イタリア語が発声において持つ優位性と落とし穴

日本の教育現場にイタリアのベルカント唱法が定着し始めたのは、それほど昔の話ではありません。明治時代に導入された西洋音楽はドイツをお手本に広まり、声楽教育もドイツリートの様式を基に進められてきました。第2次大戦後、イタリア歌劇団などの来日によって、本物のベルカントの声の素晴らしさに影響を受けた当時の声楽家が、来日したイタリア人歌手や指揮者に師事したり、イタリアへ留学して会得した技術が、今日の教育現場で受け継がれているのです。

近年ではベルカントは日本語やドイツ語を歌うのにも適していると言われており、『オペラを学ぶならイタリアでベルカントを学ぶのが望ましい』という認識が多数を占めます。一方、オペラの国イタリアでは、イタリア語以外の言語で歌うのを非常に苦手とする歌手が多く存在します。彼らはドイツ語やフランス語を話したり聞いたりするのが苦手という理由でこのような拒否反応をしていると思われるかもしれませんが、国際的なキャリアを積んでいる歌手なら、ヨーロッパの言語には我々以上の素養を持ち合わせているのは明らかです。彼らがイタリア語以外の言語で歌いたがらない最大の理由は ”イタリア語が発声において持つ優位性は理解できても、イタリア語以外の言語が持つ特性の違いを正しく理解しきれていない点” にあります。この理解がなされないまま、彼らが一線を退いて後進の指導にあたった場合、問題は彼らの生徒が母国で活動を始めてから起こってきます。つまり、イタリアで習ったままのテクニック、方法で歌ったとしても、そこに ”正しいイタリア語のピッチやポジションを聞き分ける指導者の耳” が存在しない限り、決してイタリアで歌っていたようには歌えないというケースです。奥様が東洋人であられたジュリアーノ先生が、この言語特性の違いを非常に熟知しておられたことは私にとって大きな幸運だったのです。

イタリア語の持つ周波数は日本語やドイツ語と比べてかなり高く、英語がこの中間に位置する位の周波数になります。海外に長く住まわれた経験のある方ならば、”耳が現地の言葉に慣れてくる”という感覚が理解できると思います。イタリア語のように高い周波数の言葉だけに囲まれた生活をしていると、たまたま近くで日本語の会話がなされていても、それを瞬時に日本語だと認識できないような高い周波数にピントが合った耳に変わっていることに気づかされます。イタリア人からすると日本語を含めた東洋の言葉は口元でこもった様な非常に聞き取りにくいものに感じるそうです。私もイタリアに留学してまもなく同じような感覚を経験しました。この高い周波数の言語で歌うという事が同じ曲の同じ高さの音符を日本語やドイツ語で歌うより声のポジションを上げることに繋がっているのです。

イタリア人の先生が「話すように歌いなさい」とアドヴァイスするのは、あくまでイタリア語が前提であり、決して日本語を話すような感覚ではありません。ですから日本歌曲やドイツリートをベルカントで歌うという事は、日本語やドイツ語の歌詞を母国語としてのニュアンスを維持して歌うのではなく、イタリア語を話すようなピッチと、歌う為に必要な母音のバランスによって生まれるポジションで歌うという事が優先的に行われなければならないのです。この落とし穴の理解を抜きに、イタリア語を母国語とする彼らが感じるままの感覚を、外国人留学生に伝授しても、それぞれの母国語で歌詞を理解する生徒は自国の言葉のニュアンスとして不自然ではないピッチを自動的に取ってしまう為、母国語の歌曲やオペラ、訳詩によるオペラ等で非常な困難を強いられ、根本的な理解がなされていないことが明らかになってしまうのです。最近ではアメリカや東欧など、イタリア以外の国から優秀な声楽教師を通じて名歌手が出てくるようになりました。このことは、正しいベルカントの理解が必ずしもイタリア人に有利であるとは限らない証拠を示していると言えます。


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